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G-net イワセ 岐阜にて奮闘の日々

Learn from yesterday, Live for today, Hope for tomorrow.
The important thing is not stop questioning.
- Albert Einstein
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- / / -
一流プロブロガーから学ぶ・好奇心と想像力と思い込み
昨日はカリスマブロガー・イケダハヤト氏をお招きした
社内研修がありまして

・ブログはタイトルが9割!
・人が検索しそうなキーワードから作る
・タイトルから企画をたてる
・とにかく時間を費やす(1万時間の法則)
・15分で1記事を書く=生産性を意識する

…などなど「はー」とか「ほほぅ」とか目からウロコの
お話をたくさん聞くことができました。

とはいえ、そういうなるほど!なコツはさておいて
最終的に思うのは、結局のところ大切なことって

好奇心と想像力と思い込み

ではないかということ。

イケダハヤトさんの好きなもの・こと・ネット情報に対する感度は
好奇心のたまもので、それは

「ブログのネタに困ることはありません」(キッパリ)

と言い切っていることにも表れているし

人は何を見るのか、何をおもしろがるのか?という視点は
想像力や妄想力があるほどに豊かになる。

そして何よりもそういう諸々を経て

「これはおもしろくて新しい!」
「いやでもこの視点がないとダメだよね」
「人はこういうけど本当は違うんじゃないか」

と自分ひとりの思いこみかもしれなくても言い切ること。

そもそも主義主張や意見って、他者の意見や環境に
影響されている「自分の思い込み」でしかない。

そこに不安や疑問を差し挟もうとすればいくらでもできるし、
根拠や理由や関連情報も調べ出したらキリがない。

現時点で言えることとして、でも「自分はこう」というスタンスを
仮決めして発表する場がブログという舞台だな。

とそんなことを思いました。

しかし「書くこと」を生業にしている人のお話はいつも面白い。
ここにも共通する何かがあるのだろうけど、それはまたの機会に。
Posted by イワセ ショウコ (G-net)
work / 09:01 / comments(0)
本当ってなんだ
たまたまなのか何かのお導きなのかはわかりませんが

「本当にやりたかったら、やりたいやりたい言ってないで
もうすでにやっている」

といった趣旨の発言やコメントに続けて出会いました。

なるほど。たしかに。そうかも。

そう感じつつも、「いや、でもね」とつい言いたくもなり。
そもそも「本当にやりたいことってどうしたらわかりますか」
と戸惑う大学生の顔が浮かんだりもする。

「もっと衝動的に生きろよ」

そんなメッセージにとらえてしまったりして、それもまた
「そんなの無理っす」となりやすいとも思う。

実際は別に衝動的である必要はなくて、行動できているか
どうかが問われているのだけど、できてない自分を守りたくて
つい言い訳が口をつく。

でも【本当】がなんなのかなんて、結局自分が決めること。

あ、これが【本当】かも?

って後から気づくくらいの手応えがリアルのような気がします。

(あぁ懐かしの上野・鈴本演芸場)

私も落語が好きで三味線をはじめるなんて10年前の自分は
まったく想像だにしなかったと思う。

きっかけはいつだって「ちょっとしたこと」です。


Posted by イワセ ショウコ (G-net)
everyday life / 21:40 / comments(0)
女のサバイバル

をようやく観ました。

見逃しちゃったわ、という方はNHKオンデマンドでも観られる
ようなのでぜひどうぞ。

女性の社会進出、働くママたちの壁
ワークライフバランス、日本企業の課題

そんなテーマの討論番組ですが、宇野常寛さんがポイントを
ついていて面白かったです。

ああいう討論番組は誰を「当事者」「識者」として招くのか。
そのキャスティングがすべてのような気がしますが、その点では
今回保育士さんと若い現役子育てパパ(会社勤め)がいなかった
のが実に残念でした。

さて、こういうテーマになると絶対に出てくるのが

「バリキャリ女性」対「ゆるキャリ女性」

なのですが、今回も女性経営者としてバリバリと戦線を
闘いぬいてきた女戦士みたいなお姉さま方より

育児中っていうことを理由にして甘えてたりさぼっていたり
する女性がいることも問題なのよ!

みたいな叱責が飛んでおりましたが、この「女の敵は実は女」
の対立構図はいつもなんだか痛々しい。

仕事についての決断やそこに至るまでの葛藤が複雑で
いろいろあるからこそ、「自分以外の選択」に否定的で
認めにくくなっているのかもしれません。

しかし一方で、その想いを外に発信したいひとも多くいて
だからこそ番組の反響もけっこうあるものだなぁとも。

飲み屋の愚痴(ママ友的にはカフェのランチ?)で終わらず
制度や仕組みとして、何をどう変えていくのか。
そして当事者として自分には何ができるのかな。

と、そんなことをぼんやり思う週はじめ、です。 
Posted by イワセ ショウコ (G-net)
work / 11:47 / comments(0)
身の丈にあった仕事
いっぱいいっぱい

になること、ありますよね。
キャパオーバー、実力不足、もう無理、助けてー!

みたいな。

正直なところ、20代の私は自称「仕事ができるオンナ」で
バリバリと日々意識高く仕事をしているつもりでした。

井の中の蛙だなぁ

と今となっては思います。

いまの仕事で期待されている動き・役割というのは
これまた正直なところ「ほんとに自分でいいのか?」
と思い悩むことも多々あり、決して簡単ではありません。

知らないこと、やったことのないこと、正解がないこと

そんなことばかりで余裕がなくなっている自覚も
これまたまた正直なところ、あります。

とはいえ、このハードルが上がった状態も含めて
自分の身の丈なんだろうと最近は考えています。

期待されることにも根拠がある、と信じて進む。
やってみてダメだったらやり方を変える。

そうしないといつまでたっても自分のキャパや可能性は
広がっていかない。

そんな当たり前のことを30代も後半になってみて
あらためて思います。

「これくらの力がついたらこれくらいの仕事をしよう、
と思っていてもその仕事はこない」

とはタモリさんの弁ですが、力って準備体操だけじゃあ
やっぱりついてこないんだよな。

「仕事ができるオンナ」の道は険しいっす。

Posted by イワセ ショウコ (G-net)
work / 00:43 / comments(2)
海を見る自由
ぼやぼやしているうちに4月になり
あわあわ日々過ごしているうちにムスメはこぶた組に上がり
そうこうしているうちに私のG-netでの勤務も3年目です。

まったくもって更新しないブログにもご訪問いただいており、
恐縮です。今年度もぼちぼちいきます。

そんなこんなで春爛漫。名古屋や岐阜では桜も満開です。
そしてそして、世の大学は年度替わりでもっとも活気づく
学生でキャンパスがあふれるそんな季節です。

年度の区切りで気持ちあらたに、自分のこと、自分の仕事のこと、
大学のこと、教育のことなどに思いを巡らせる日々の中で

大学って、なに?

という問いをもらい、思い出したメッセージがあります。

震災の年、卒業式を中止にした立教新座高校の校長先生の
メッセージ「時に海を見よ」です。



何回読んでも感動してしまう。

−大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
−大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

本当にそうだと強く共感します。

そしてその自由や煌めきは自覚をしていないとあっという間に
手のひらからこぼれて消えてしまうということも。

だからこそ、大学を卒業し大学生を応援する立場のいまは
その煌めきをより輝かせる選択肢を提供していきたい。

と、そう思います。

時に海を見よ、若者たちよ。
海に向かって自らを問え。その自由が君たちにはある。

Posted by イワセ ショウコ (G-net)
education / 12:48 / comments(0)
ガラケーなわたし
フラット化する社会

という概念はさほど目新しいことではないけれど
MOOCに関する記事で

グローバルな労働力市場で、自分という労働力(商品)は
ほぼ完全にガラケー化している

というコメントを見て、ううむと唸った次第。

最近覚えた言葉ですが、MOOC(Massive Open 
Online Courses)なる取り組みが近年活性化しており
アメリカの一流大学での講義履修の機会がかなりオープン
になってきています。

UDACITYとかedXとかCourseraとか。

iTunesUで授業配信はずいぶん前からスタートしていたけれど、
MOOCは実際にコースを履修するもので、レポート提出や試験
なども当然あるし、教員だけでなく受講生間のコミュニケーション
盛んにおこなわれているようです。
(オンライン上のディスカッションも評価対象と思われる)

…こんな風にオンラインでの教育がいくら充実しようとも
それでも実際に海外の「感覚」をその土地で体感することに価値
がある。と個人的には思いますが、それはまた別の話。

そんなこんなで、いくつかMOOC関連の記事を読みつつ、
こうやって教育の機会がより広く提供されるようになると
その機会を「積極的に取りに行けるかどうか」が新しい
グローバルスタンダードになり、知らない・選ばない・選べない
ことが、知らず知らずに自分の可能性を狭くしていくんだな…

と、何だか怖くなったのでありました。

機会は「ある」か「ない」かじゃない。
機会は「見える」か「見えない」かの時代だなぁ。

見えたところで挑戦しなければ何も変わらないのですが、
何に挑戦するかの選択肢をどう並べるか。という時点で
その先にあるものは大きく変わってくると思います。

一方で、大学側の視点として、同じように東大や京大が
世界に向けて講義をオープンにした時に「受けたい!」と登録して
くれる人は果たしてどの程度いるものか…とも。

機会を提供する側は「選ばれない」恐怖と対峙するということか。
それも怖いですが、怖いとか言ってる場合でもない。

ガラケーで終わりたくないな、わたし。
Posted by イワセ ショウコ (G-net)
education / 17:21 / comments(0)
「変わりたい」という病
いまの自分を変えたい

という台詞を聞くことが多い。

変えたい、変わりたい、何かしないと。

成長欲求がないところに成長はないのは必然で
「変わりたい」「よくなりたい」という気持ちが
あることはとても大切だと思う。

でも

いまの自分を変えたい

それが【今の自分】を必要以上に否定してしまう
ことも、ある。
変えたい、変わりたい、変わらない、そんな自分
なんてダメなんだ。と、否定している自分が好きに
なれなくて、そこからまた脱しようともがいて苦しい。

「これをしたら変わるんじゃないか」と外的な
ファクターに依存してしまう、ということも、ある。
自分探しの旅はその典型だと思う。
いまここにない「わたし」を求めて外に出る。
でも当然ながら「新しいわたし」は外に落ちてはいない。

変わるというのはでもいつも結果論でしかないし
外から指摘されてはじめて「ああ、変わったのか」
とわかることの方がずっと多い。
性格や思考や姿勢の変化はじっくりゆっくりしかやってこない。

じゃあどうすればいいの?と思うかもしれないけれど

いつもより大きな声であいさつしてみる。
いつもより10分だけ早起きしてみる。
いつも話さないあの子に話しかけてみる。
いつも行かないお店でランチを食べてみる。
いつも選ばない色の洋服を買ってみる。
いつかやろうと思っていたことを「いつから」やるか決める。
ちゃんと目を見て「ありがとう」って言う。

こういう行動の変化はいつだってすぐはじめられる。

意識して変化させた行動は、継続するといつからか
「自分のもの」になる。
ちょっとだけの努力、でもこれができると自分も周りも
気持ちがいいこと。それをやってみるという変化。

いまの自分が大きく変わることは、ほぼないけれど
毎日の自分の行動をちょっと変えることは、できる。

変化ってそういうことなんじゃないのかなぁと。
目に見える、実感できる変化の積み重ねでしかない。

自戒の念もこめつつ、そんなことを思います。
Posted by イワセ ショウコ (G-net)
everyday life / 14:36 / comments(0)
書くことについて
「どうしたら文章がうまくなるのか?」

と学生に聞かれたことが(何度か)ある。

「たくさん本を読むことだよ」

といつも答えている。

たくさんがどれくらいかは決まった数字がある訳では
ないのだけれど、小説でもエッセイでも論文でも新聞
でも雑誌でも接する文字情報が一程度のボリュームを
超えてくると(でもそれは親しみをもって文章にふれて
いないとなかなか量を読んでいてもダメなのだけれど)

言葉の色彩、みたいなものや
書き手から発せられるリズム、みたいなものが

うっすら、見える。

そういう息遣いを感じて読むようになると
文章に対する好みが出てくるようになる。

同じ内容が書いてあっても「スッと」入り込む文章と
なんだか「気に入らない」文章があるものだ。
それは単純に書き手の技術(説明する力)による部分も
もちろん大きいのだけど、それだけでもない。

そんなことを考えつつ内田樹の『街場の文体論』
を読み始めたら

書く技術の本質は「読み手に対する敬意」だと
書いてあって、とっても腑に落ちた。

このブログだって、全然更新してないのにちゃんと
読んでくれている人がいる。

日々の徒然を綴っているだけだけれど、それでも
読み手に寄り添う文章でありたいと思う。

イワセを直接知っている人に「ああイワセさんだな」
と思ってもらえる文章になっているとなお嬉しい。

あと単純に「文章」を介するコミュニケーションは楽しい。
だからなんとなくずっとやめられない。

うまい文章=滑らかであることを目指すと小賢しくなる。
何かしらフックというか「ひっかかり」を生むような文章を
書ける人でありたいものです。

Posted by イワセ ショウコ (G-net)
everyday life / 09:41 / comments(0)
好きというワクワク
久しぶりにRolling Stonesなんかを手に取って
ロックのビリビリワクワクを思い出しました。

ジェリーリールイスとかね。
火の玉ロック!


好きなアーティストのライブに行ったときの
照明が落ちてイントロが流れた瞬間の高揚感

汗だくでモッシュしてドロドロのクタクタ
でも心地よい疲労感

「歌詞が」「ギターの音が」「あのセットが」
なんて関係ない、理由なんかいらない【好き】
ってやっぱり強いなぁと改めて感じています。

説明できないほどの感情の盛り上がりがないと
「ワクワクする感覚」を外から観察するだけで
本当の「ワクワク」にならない。

ワクワクの背景や理由を探ることができれば
そこからの拡がりをつくっていける一方で、
とにかく【好き】で【楽しい】ことは
(だいたいのところ)いつも説明できないとも思う。

いや、とにかくいいんだって!
よくわかんないけど、とにかく好きなんだよ!

みたいな思いは一見幼稚で何も考えていないようでいて、
それでも理路整然としたときにはない力強さがある。

月に1回定例開催のインターン生の研修で
「楽しい瞬間、出来事はなに?」と深堀しつつ
【やる気スイッチ】を探すワークを横目で見つつ
自分のスイッチに思いを巡らす週末、です。

前回のエントリとも似ていますが、いまの自分に不足を
しているのは「いやとにかくワクワクだって!」という
力強さのような気がしています。

Posted by イワセ ショウコ (G-net)
everyday life / 13:32 / comments(0)
「自分」成長という視点
ばたばたあわあわとしている内になぜこうも
時間は駆け足で過ぎ去ってしまうのありましょう。

…ということで、年明けまして2013年です。
全然更新されないブログですが、本年もなにとぞよろしく
お願いします。

さて

最近よく考えていることなのですが、なんだか大人に
なればなるほどに「自分のため/自己成長」への
意欲や努力が減っているように感じています。

仕事をしていても

−学生がこうなってほしい
−大学がこうなってほしい
−社会がこうなってほしい

という気持ちはあれども、それをやることで自分が
どうなりたいか、何を目指すのか、そもそも目指すべき
次の自分像は何か?は出てこない。

自己成長や自己変革なくして、周りの変化を生むこと
なんて無理に決まっているのですが、そこが一義的に
なっていないという感覚。

これ、学生の時にはなかったと思うのです。

目線が変わったプラスの変化である一方で
【自分】を無視しすぎているのではなかろうか、とも。
このままではどんどん魅力のない人になってしまう。

10年後に自分のことを今よりも好きでいるために
外見も中身が今よりもかっこよくあるために
「やりたいこと」を見つけて行動していくこと。

そんなことを意識する2013年にしたいと思います。

…まずはさぼりまくっている外見磨きに着手せねばのう。
夏までに上腕の筋肉とウエストのくびれを取り戻すのだ!
Posted by イワセ ショウコ (G-net)
work / 09:40 / comments(2)